2012年11月10日

世界最終皇帝&ティブルティーナの巫言&『偽メトディウス』

 世界最終皇帝とは、いかにもかっこよさそうな呼称である。
 個人的には、この呼称だけでも十分に語るに値すると思うが、これはヨーロッパ中世の伝説に登場する、終末論的な英雄である。
 世界最終皇帝について語っている最も古い資料は、「ティブルティーナの巫言」で、四世紀中ごろに出現したという。*

(*このことは、マージョリ・リーヴス著『中世の預言とその影響・ヨアキム主義の研究』大橋善之訳(八坂書房)などに書かれているのだが、その翻訳者である大橋氏のブログには、ティブルティーナの巫言に関して、「どうやら〈世界最終皇帝〉という観念は後代の改竄嵌入(とはいえそれもいまだ正確に時代を特定できるようなものではない模様です)とされ、もともとはなかった観念だとか。」と書かれている。しかし、ここではその種の事実関係は問わないことにする。)

 その「ティブルティーナの巫言」が語るのはおよそ以下のような預言だった。『千年王国の追及』ノーマン・コーン著・江河徹訳から引用しよう。

「それは、ローマが捕われの身となり、暴君たちが貧しき民、罪なき者を苦しめ、罪深き者を保護する〈悲しみの時〉の到来について語っている。しかしやがて、コンスタンスと呼ばれるギリシアの皇帝があらわれ、その支配の下で帝国の東西領土が統一されるというものである。
 容姿端麗で顔は輝き、背は高く均整がとれ、威風堂々たる風采をしたコンスタンスが一一二年間(もしくは一二○年間)天下を統治する。その間は豊穣の時代で、油、酒、穀物がおびただしく採れ、かつ安価に手に入る。それはまたキリスト教が最後の勝利をおさめる時代でもある。皇帝は異教徒たちの都市を荒らし、偽わりの神々の神殿を毀つ。また異教徒たちを召喚してキリスト教の洗礼を授け、改宗を拒む異教徒たちを剣によって滅ぼす。その長期にわたる統治の終りにあたっては、ユダヤ人も改宗し、このことの起こるに際しては、聖書が栄光に輝きわたるのである。二十二人のゴグとマゴグがばらばらに分身して、海の砂子のようにおびただしい数になるが、皇帝は軍勢を呼び集めて、彼らを皆殺しにする。任務を果たしおえると、皇帝はエルサレムにおもむきそこで帝冠と帝衣を脱いでゴルゴダの丘に置き、キリスト教国を神の御手にゆだねる。ローマ帝国は、この黄金時代と同時にひとつの終止符を打つことになるが、すべてのものの終りに先立って、短いながら試練の時が残されている。なぜなら、このとき、反キリストがあらわれて、エルサレムの神殿において天下を治め、奇跡を行なって多くの人々を欺き、欺きに乗せられない人々を迫害するからである。主は、選ばれた人々のためにこの期間を短縮し、反キリストを滅ぼすために大天使ミカエルを派遣する。かくして遂に、主の再臨の実現する道が開かれるのである。」

 世界最終皇帝に関する似たような伝説は、七世紀終りに東ローマ帝国で書かれた『偽メトディウス』でも語られている。「ティブルティーナの巫言」ではなく、この書こそが世界最終皇帝について語った最古の書だという説もある。それはともかく、その内容は以下のようなものである。再度、『千年王国の追及』から引用しよう。

「その冒頭部分はエデンの楽園の始めからアレクサンドロスの時代に至る世界歴史の概観に始まっているが、それから一挙に著者自身の時代に下ってくる。やがて到来することの預言という体裁をとり、かつてギデオンに敗北して砂漠の国へ追いはらわれたイシマエル部族が、ふたたび来寇してエジプトからエチオピア、ユーフラテス河からインドへとまたがる地域を荒らしまわるさまを描いている。これらの遊牧民はむろんイスラムの攻撃軍に味方し、キリスト教徒たちはしばらくの間彼らに服従してその罪を罰せられる。イシマエル人はキリスト教の司祭たちを殺し、聖地を汚し、力や策略をもって多くのキリスト教徒をそそのかして真の信仰から離脱させ、またキリスト教徒の国を次々にかすめ盗り、キリスト教徒は永遠にわれらの手中に落ちたと豪語する。
 しかし――ここで初めてこの預言は未来世界に一歩を踏み入れることになるが――状況がさらに一段と悪化したそのとき、人々が長い間亡きものと思っていた一人の強き皇帝が、眠りをはらい除けて憤然と立ち上がる。彼はイシマエル人を打ち破り、火と剣をもって彼らの国を破壊し、かつて彼らがキリスト教徒の首にかけた軛(くびき)の百倍も重いものを彼らの上にかけ、また主を拒んだキリスト教徒たちにも怒りをぶちまける。それに続いて平和と歓喜の時代が訪れ、その間、この偉大な支配者の下で統一を達成した帝国は未曽有の繁栄をとげる。しかしやがてゴグとマゴグの大軍が殺到し、全世界に恐怖と恐慌をもたらすので、神は天の軍勢の指揮者を派遣し、またたく間に討ち滅ぼさせる。皇帝はエルサレムにおもむき、そこで反キリストの出現を待つ。その恐るべき事態が発生すると、皇帝はゴルゴダの丘の上の十字架に帝冠を架ける。するとその十字架は天に向かって舞いあがる。かくて皇帝は戦死し、反キリストが天下を統治しはじめる。しかし間もなく、十字架が人の子(キリスト)のしるしとして再び天に現われ、キリストが自ら雲に乗り、権力と栄光につつまれながら天下って、その口の息をもって反キリストを殺し、最後の審判を行うのである。」

 これらの伝説からうかがえるのは、まさに小型メシアのような世界最終皇帝の姿である。
 なぜ「小型」なのかといえば、世界最終皇帝によって平安と繁栄が成就されることは確かだが、それは一時的なものであり、その後に、アンチキリストの支配する邪悪な時代が来るとされているからである。つまり、世界最終皇帝がいかに待望された存在だったとしても、アンチキリストにはかなわないのであり、その力の大きさにおいて、本物のメシアとは全く異なるものだからである。
 だが、たとえそうだったとしても、こうして歴史の中に登場した世界最終皇帝の伝説は、中世ヨーロッパの人々に広く受け入れられることになった。
 そして、フランスにおける《第二のシャルル・マーニュ》、ドイツにおける《復活するフリードリヒ二世》のような新たな世界最終皇帝の伝説が誕生し、人々に熱狂的に語られることになったのである。
posted by 草野巧 at 16:16| Comment(0) | 世界最終皇帝